【研究の背景】

 生体は、細胞、組織、器官、個体という異なった階層から構成され、これらの統御を通じて体制の構築と維持を図っている。私達は、この体制機構を明らかにすることを目的として、細胞死(アポトーシス)の観点から、細胞内の出来事、細胞間の相互作用、そして組織や器官の形成について、時間軸と空間的位置情報を想定しながら、個体構築と維持におけるメカニズムの基本原理を分子・細胞・個体の各レベルで追求している。また、掲げた研究課題を解明するために、様々な角度からのアプローチを試みたり、新たな技術を開発したり、或いは新たなモデル動物を作り出すことにも挑戦している。

 カスパーゼは、ヒトにおいてはアポトーシス、炎症反応、或いは細胞分化に関与するシステイン-プロテアーゼの総称であり、11種類が見つかっている (Sakamaki and Satou, J. Fish Biol, 2009)(図1)。アポトーシスのシグナル伝達経路においてカスパーゼは、実行因子として働く。そのうち、カスパーゼ8はデス-レセプターを介する外因性アポトーシスのシグナル伝達に必須である。私達は、このカスパーゼ8に焦点をあてて、以下のような研究を行っている。

 

I. 分子進化学的解析による細胞死の生物学的意義の解明
 カスパーゼの活性化を伴う細胞死(アポトーシス)の存在意義を理解するために、様々な生物種からカスパーゼ8の遺伝子を単離することを試みた。その結果、カスパーゼ8は、ヒトやマウスが属する哺乳類に限定されることなく、両生類や魚類にも存在し、ヒトのカスパーゼ8と同等にアポトーシス誘導能があることを証明した (Kominami et al., Genes Cells, 2006; Sakamaki et al., BMC Genetics, 2007; Sakata et al., Gene, 2007)。さらに分子進化学的解析を進めることにより、カスパーゼ8は、脊椎動物に限らず、サンゴやカイメンのような無脊椎動物に至る広範囲の生物種に存在することを見出した (Sakamaki et al., BioEssays, 2014)(図2)。そして、サンゴのカスパーゼ8は、ヒトのカスパーゼ8と同一の基質選択性を有することも特定した (Sakamaki et al., Mol. Biol. Evol., 2014)。これらの研究から、カスパーゼ8の活性化を伴うアポトーシス誘導機構は、生体にとって欠かせない機構であり、またヒトやマウスに限定されることなく、多くの多細胞動物で進化的に保存されていることを示唆することができた。今後は、特にサンゴにおけるアポトーシス関連因子の解析を進めることにより、サンゴの白化現象や死滅化との関わり等に踏み込んでいきたい。

 

II. 細胞死のシグナル伝達機構の解析
1) 可視化とシミュレーションによるアポトーシスシグナル伝達経路の提示.  カスパーゼ8の活性化を伴うアポトーシスのシグナル伝達について、分子・細胞レベルでの解析を進めた。近年、細胞の中の様々な現象を可視化することが盛んに行われており、そのために多種多様な蛍光タンパク質が開発・改良されている。私達も蛍光タンパク質に着目し、FRET (蛍光共鳴エネルギー移動)の原理を応用することで、アポトーシスの過程で活性化するカスパーゼを経時的にモニターする分子 CYR83やSCAT8等を開発した。このFRET用モニター分子を使って、死に逝く細胞でカスパーゼ8の活性を細胞外から可視化することに成功した (Kominami et al., PLoS ONE, 2012)(図3)。この可視化技術は、細胞内で起きるシグナルの伝播を時系列に記録できるために、実測データに基づいた完成度の高い数理モデルを作ることにも成功し、カスパーゼの反応をコンピュータ上で再現できた (Kominami et al., Biochim. Biophys. Acta, 2012)(図4)。このように私達の研究によって、侵襲することなく1細胞中のカスパーゼ8の活性を可視化し、且つ定量的に測定することを可能にした。その結果、ヒトHeLa細胞ではアポトーシスを誘発する刺激によって全体の0.2%のカスパーゼ8が活性化すれば、シグナルが下流に伝わり細胞が死に逝くことが判明した。今後は、培養細胞だけでなく生体内の細胞で起きる反応様式にモデルを特化させたり、或いはアポトーシスの全過程をバーチャルに提示することにも挑戦していきたい。


 

2) 死に逝く細胞が示す形態的変化に関する分子機構の解明.  アポトーシスの過程では、イオンバランスの破綻と、その後に続く細胞外への水の放出によって細胞が収縮することが知られており、アポトーシスに特有の現象である。私達は、カリウムチャネルのTHIK-1がカスパーゼ8の新規基質であること、その切断が引き金となってカリウムイオンの細胞外への放出が増大することを明らかにした。これにより、これまで知られていなかった細胞収縮の作用機序を分子レベルで証明することができた (Sakamaki et al., Biochim. Biophys. Acta, 2016)(図5)。しかし、カリウムイオンと同時に塩素イオンも細胞外へ放出されることが示唆されていることから、塩素イオン放出に関わるチャネルの同定が不可欠である。現在、私達はその候補分子について解析中である。

III. モデル動物に用いた細胞死の生体における生理的役割と病理学的発症機序の解明
 カスパーゼ8がデス-レセプターを介する外因性アポトーシスのシグナル伝達に必須であることを、カスパーゼ8遺伝子欠損マウスの作製と、その表現型を調べることで確かめた (Sakamaki et al., Cell Death Differ., 2003)。同研究では、遺伝子欠損マウスが胚性致死の表現型を示したことから(図6)、胚発生へのカスパーゼ8の関与も認められた。  カスパーゼ8遺伝子欠損マウスの作製に加えて、これまでに両生類のアフリカツメガエルをアポトーシス研究のためのモデル動物として樹立した。当初、国内では未だトランスジェニック(Tg)カエルの作製技術が確立されていなかったために、実験系を立ち上げることから始め、国内初となる全身で蛍光タンパク質を発するTgカエルを作ることに成功した (Sakamaki et al., Dev. Dyn., 2005)。実験系が確立した後は、カスパーゼ3の活性化検出用モニター分子 (SCAT3)を発現するSCAT3-Tgカエルの作製にも成功し(図7)、この系統の胚を使って、細胞死誘導に伴うカスパーゼの活性化状態を個体レベルで可視化可能にした (Takagi et al., Dev. Growth Differ., 2013)。また、アフリカツメガエル胚に、アポトーシス実行因子のmRNAやDNAをマイクロインジェクションすることによって、導入部位から派生した領域で細胞死が起きることを明らかにし、カエル由来のアポトーシス実行因子が機能分子として働くことを実証した (Sakamaki et al., Genes Cells, 2004; Kominami et al., Genes Cells, 2006; Sakamaki et al., Genes Cells, 2012)。このように、遺伝子工学と発生工学の手法を駆使して、アポトーシスの解析に欠かせないモデル動物を創出し、個体レベルでの研究に役立たせている。